3日目:戦国時代から近代にかけての日本有数の銀山へ

2017/3/20
●羽渕鋳鉄橋
●生野銀山…900円
●ヨーデルの森…1,000円
●日本へそ公園

羽渕鋳鉄橋
「羽渕のめがね橋」の愛称のある鋳鉄製二連の美しい洋式の橋。明治20年に神子畑鋳鉄橋と同時に架橋されたものであり、神子畑鉱山・選鉱所から生野精錬所へ鉱石を運搬用の5つの鋳鉄橋のうちのひとつ。明治22年に洪水のため、流されたこともあって、その時に修復された後、通学路や生活道路として使われていた。平成7年に現在の場所に当初架橋時の姿に復元、移築された。

生野銀山
生野銀山は、807年に開坑したと伝えられており、織田、豊臣、徳川の幕府直轄鉱山として栄え、1868年には政府直轄となり、その後は皇室財産にもなった大鉱山。1973年に閉山し、現在は実際に掘られていた坑内に入り、当時のままの岩肌や、電機仕掛けの人形により再現された作業風景を見ることができる。
生野銀山は他の鉱山に比べ、かなり観光地化されていて年代ごとにゾーンを分けるなど展示にも工夫がされているので、当時の様子がよくわかるようになっている。坑道の総延長は350km以上、深さは880mの深部にまで達しているそうで、実際に歩ける坑道もかなり長く、往復で1時間はかかった。その他に坑道外部の展示や資料館もあるので、午前中いっぱいかけて見学。口銀谷銀山町の町の人がおすすめするように見る価値のある銀山だった。

官営や皇室財産だったことを示す「菊の御紋」が残っている門柱

昔は姫路から生野銀山まで馬車で鉱石を運んでいたそう

ここにも1円電車



代官所門



鉱山内で使用していたトロッコ

観音岩。観音様の横顔に見えるとか

フランス式の石組で築造されたアーチ型の坑口

坑道出口








鉱脈を掘った跡



なぜか人工の滝

捲揚・エレベーターゾーン


従業員を運ぶための人車

エレベーター




トロッコ道跡

坑道の上には鉱脈の露頭群がある



ヨーデルの森
生野銀山近くの農業公園へ。3連休のためか混雑気味だったが、カピバラやフクロウ、アルパカ、カンガルーなどと触れ合うことができた。猫や犬を触れるコーナーもあるが、猫は子どもに追い回されていてちょっとかわいそうだった。スーパーで買ったお弁当を食べながらピクニックもし、連休最後の日をのんびりと満喫。






アルパカの赤ちゃん


何されても起きないオヤジカンガルー



座っているみたい



日本へそ公園
あまり時間はなかったが大阪へ帰る途中にあったので、寄っていくことに。東経135度(子午線)、北緯35度が交差する日本の中心点にあるため、「日本のへそ」とされているそう。園内には、地球科学館やジャンボすべり台などがあり、家族連れでにぎわっていた。



大正12年に建立された交点を示す標柱

地球科学館

日本のへそモニュメント

公園内にある日本のへそ公園駅


渋滞にも巻き込まれず19時ごろ無事帰阪。立雲峡は残念だったが、色々とてんこ盛りの旅行だった。

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